私のこと
昨日、『はれいろごはん』の記事を
公開していただきました。
【にいがた創業支援プラットフォーム】
食を通じて「心と体の健康」を未来へつなぐ
https://niigata-pref.note.jp/n/nb5e186ce0373?magazine_key=mc98bb86428ee
おかげさまで、『はれいろごはん』を立ち上げて
2月で丸6年が経とうとしています。
企業に勤めていた私が “起業” をするなんて、
若い頃の自分の人生プランには全くないことでした。
だけど、ヒトは人生の分岐点に必ず立つ瞬間があり、
誰かの助言やアドバイスを受けながら
最後は自分で道を決めていくものなんですね。
今振り返ると「私らしい道」なんだと思っています。
「私らしい道」といえるのも、
大学時代の経験があったからこそ。
せっかく『はれいろごはん』のことを
知っていただいたこの機会に、
私自身のことを書こうと決めました。
ここからは長文になり、少し重い話もありますが
読んでいただけると幸いです😊
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大学に入学した頃は、
友人と学校栄養士になる?病院栄養士になる?と
これから進む道を想像して目を輝かせていた毎日を送っていました。
しかしある日、突然大切な人を失いました。
守ることができなかった命。
私が助けてあげたかった命。
あまりのショックで景色は全て白黒になり、
それから数年間は、空を見上げることがないくらいでした。
普通に日常を送る人たちと
同じフィールドにいたくて、
重い体をなんとか引きづるように
大学に通おうとしましたが、
心の痛みは体の痛みとなって表れるですね。
大学を休学し、
「私はみんなと同じように社会人にはなれない」
「想像してた管理栄養士にはなれない」
と、深く落ち込む月日を過ごしました。
しかし、悲しみに暮れる中でも
どこか心の奥底で
私はこのトンネルのような暗い道を抜けたら
どんな人間になっているんだろう。
この経験を抱えながらどんな人生を送るんだろう。
と、客観的に「私らしい道」を
見てみたいと思っていました。
心身はボロボロでも、あがきながらでも、
いつか上を向いて「空が青い」ことを思い出したい。
『過去は未来によって変えられる』
と支えてくれる親友からもらった言葉を
ひたすら抱きしめながら、
1日1日を過ごしていました。
*
周りの助けをかりながらなんとか復学し、
1年下の後輩と大学生活を送り
卒業することができました。
ずっと興味があった
【子どもの食育(小学校の栄養士など)】
の道ではなく、
ヒトの命と向き合う【病院の管理栄養士】
を選んだもの『私らしい道』なのだと思います。
そして、この先の未来が
みんなが心身ともに健康で、
笑顔があふれる地域につながる活動をしたいと
思ったのも『私らしい道』だと、
今となっては分かります。
*
誰もが色んなことがあり、
楽しいことも辛いことも、
光さえ見えないトンネルに入ることだって
あるかもしれません。
その人にしか分からないこと、
経験できないことがあり、
それを抱きしめながら
乗り越え、分岐点に立ち、
選んだ道を
みんなが歩いているのだと思います。
よく“起業”することがすごいとか
みんなと違う道を選ぶなんて勇気があるとか
色んな言葉をかけていただきますが、
私に関しては
ぜーんぜん!!!笑
すごいことでも、勇気ある事でも全くなく
ただ『私らしい道』を選んできただけ、です。
挑戦できない…とか
恥ずかしい…という感情は、
再び青空を見上げることができた日
あまりの広さと、美しい青に
溢れ出す涙と一緒に流れていったのかもしれません。
(いや、もちろん私にだって羞恥心や
挑戦する恐怖心はいつもありますよー!笑)
みんなと同じところで「一緒に」生きていける。
どんな道でも、私には十分だと。
あとどれくらいあるのか分からない人生を、
私らしく歩いていくだけだと思っています😊
願わくば、誰かに何かあたたかいものを
残せたらいいな。
*
長くなりましたが、
『はれいろごはん』を応援してくださる皆様
いつも本当にありがとうございます!
私のことを書こうと思ったのは、
もし今、同じように悩んでいる若者がいたら
こんな大人もいるんだなあ、と
少しでも何か残るものがあったら
という気持ちもありました。
未来の自分が笑えたら、
辛い出来事も
大事な何かに変わるかもしれない。
今年も皆様とのつながりを大切に、
地域を、日常を、未来を
つくっていけたら嬉しいです✨
今年もどうぞよろしくお願いいたします😊
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